食欲コントロールとダイエット願望について

いるかくらぶで開催されているいるか広場では
ヨーガをベースとした日常のあり方などを紹介していただき、
「心」や「私」のエッセンスに触れながら共に学んでいます。

いるか広場で話し合ったテーマをご紹介します。

いるか広場の詳細はこちら

テーマ(食欲コントロールとダイエット願望について)
いるか広場(2008年3月24日11時より)

私にとって、食欲のコントロールは非常に難しいことです。
空腹であることと食欲があることとは別のもののようです。

子どもが寝てホッとした時、やらなければならないことがあるが
やる気が出ない時、煮詰まってしまった時、等に、
何か食べることでホッとしたり、やる気を出したり、
気分転換したり、しています。

こういう場合に食べるのは、大体甘いものや菓子類で、
食べたいと思ったときに無いとイライラしてしまうので、
必ずストックしてしまいます。

こういうことを繰り返していれば、太ることは当然なのですが、
矛盾して、太った自分は嫌で、食べる自分を嫌悪してしまいます。

実際、太りすぎていると、健康にも悪いし動きが鈍い。

最近少しずつアーサナをするようになって、
邪魔な贅肉が多いことを実感しています。

また、着たい服が着られなかったり、太っていることで
また自分がダメな人間に思えたり。

そして、食べてはいけないと思うほど、
食べたい気持ちは強くなり、我慢できずにまた食べてしまう、
そして嫌悪する・・・を繰り返しています。

食事の量・質は、私が思っていた以上に重要なことのようです。

「正しい食事とアーサナによって、殆どの病は回復する」

と言われていますが、正しい食事とはどんなものか?

新鮮で質のいい食物を摂れば、それによって維持されている
肉体も浄化され、より軽快になって行きます。

それは心を清らかで軽やかな状態にすることにつながります。

食物は、単に胃袋を満たすためだけではなく、
滋養になるものを識別して摂るということが、心身の浄化を施すのです。


そして、一日に二〜三度、一度の量は腹八分目で、
食事のときは背筋を伸ばす、と言うのが、正しい食事のようです。


舌と心には相関作用があり、舌(食と言葉)を制御していくことは、
心(思いと行為)をも制御する力を身につけていくことになります。

日常生活のあらゆる場面で、心が執着している対象に
依存しているか否かを客観的に見つめ、
依存関係を断ち切っていくことが必要です。

アーサナや瞑想とともに、食への識別・食生活は、
より良い心の鍛錬法といえるでしょう。


(下線はマハーヨーギー・ヨーガ・ミッション「さまらさ」、資料より引用)


正しい食事をするにはどうしたらよいか?

私の場合、食べることに執着している・依存していると思われます。

この3週間半、田原先生に作成していただいたスケジュール
(アーサナ・瞑想・夜の食事の内容)に挑戦してきました。

全てを実行することはとても難しく、やっと「アーサナを毎日行う」と
言うリズムが掴めつつある段階です。

家事その他、自分が片付けるべき仕事を前にして、
淡々とそれに向かうことができず、アーサナも同様でした。

そう言う時にも食べることに依存しているようです。

目的以外で気づいたことが、

夫の協力に心から感謝できるようになったこと、

子どもに八つ当たりすることが減ったこと、

家族旅行で心から楽しめたこと、

姑の良い面を心からすばらしいと思えたことなど、

家族関係がとても良くなったこと。


これが心の安定であるとすれば、
食欲のコントロールも段々とできるようになってくると思うので、
もう少しこのスケジュールを継続しながら、
この経験を踏まえた自分なりのスケジュールを
生み出したいと意欲も出てきました。

そして、どう変われるかを見たいと思います。

ダイエット願望については、外見が気になることは勿論なのですが、
本来私たちの体というのは、『真の自己』を悟るために
維持しなければならないのであり、その為に食物を摂ることや
健康管理が必要です。

そして、瞑想できる体を作るためにアーサナを行う。

その時アーサナを正しく行うのが困難な
体型(自分の管理不足のせいで)では困る。

肉体を管理していくことは大切だと思います。

正しい食事の習慣は、母乳を通して子どもにつながるだけでなく、
子どもにとっても良い経験になるはずなので、きちんと行えるようになりたい。

自分の体に対する正しい認識を持ち(肉体の役割)、
管理できるようになりたい。そして、真の自己、
愛で過ごせるようになりたいと感じました。



<<今回のまとめ>>

現代は甘いもの・その他の食べ物 なんでも簡単に手に入るので、
自分でコントロールが必要。識別を行う。

食べ物を手に入れるときも、選んで変えていくと、
たくさん食べなくても満足感が得られる。無駄に食べなくてすむ。

豆類はお腹がすきにくい。よく噛んで食べることも大切。


*腹八分目
食べ終わって、もう一度その食事ができるくらい(お腹に余裕がある状態)の量

*食事のときは背筋を伸ばす
食べ物でも、気持ちでも、背筋を伸ばしていることにより、スッと入っていく。

*自分が片付けるべき仕事を前にして、淡々とそれに向かうことができず・・・
アーサナをやり始めて、淡々と向かえるようになった。
アーサナを続けていくことによって動揺しなくなった。
人間本来の姿、ニュートラルな状態に戻してくれる。

根本的には、心を操作して行くこと。良い方向に調教して行くこと。
コツコツやるしかない。
習慣を整える。まず一週間でもやってみる。
大まかな生活設計をする。「自分がどうありたいか?」明確にえがく。
まずひとつのことから、変えていく。
家庭を最小単位の社会ととらえて家族との関係を考えてみる。

*女性の性質としてすぐに結果を求めたがる性質がある。
しかしダイエットにしてもアーサナにしてもすぐに答えが出るものではないので
徐々に努力することに慣れることが必要である。

*ヨガの考え方として・・・
本に書いてあることでもおかしいと思ったら疑ってよい。
疑ったら実践して自分で答えを探していく。
じっくり自分の中で答えを見つけていくこと、自分の行動には責任を持つこと。

*田原のスケジュールで毎日を実習した2人の結果は、主人が優しくなったことです。
多分、2人が穏やかになったせいでしょう。

[ 2008/04/10 00:21 ] いるか広場 | トラックバック(-) | CM(1)

本当の自分を知ること

いるかくらぶで開催されているいるか広場では
ヨーガをベースとした日常のあり方などを紹介していただき、
「心」や「私」のエッセンスに触れながら共に学んでいます。

いるか広場で話し合ったテーマをご紹介します。

いるか広場の詳細はこちら

次回は「食欲コントロールとダイエット願望について」ついて
皆で話し合いたいと思います。興味のある方は是非ご参加ください!

テーマ(本当の自分を知ること)
いるか広場(2008年2月25日11時より)

前回は自分を受け入れること、
前々回はストレスの原因を放置しないこと、
をテーマに話しをしました。

そこで今回は受け入れるためにも
ストレスを放置しないためにも、
自分をもっと深く知ることが
必要なのではないかと思い考えてみました。


人は自分のことは自分が一番わかっている
と思って行動しています。

もちろん自分のことですから
他の人よりはわかっているでしょうが、

私も含めてどれだけの人が
本当の自分をわかって行動できているでしょうか?

楽な方(快楽)に流されたり、思い込みで決めてしまったり・・・

無意識のうちに選び行動していることは多いですが、
私の経験ではそういう行動は
あまり良い結果にならないことが多いように思います。

ではどうすれば自分に本当に必要なものを選び行動できるか?
それには自分の身体と心の状態をよく知っていなければできません。


身体と心の内側の声によく耳を傾けるのです。

とはいえ、

それが当たり前にできている人にとっては
難しいことではありませんが、
癖づいていない人にとっては
わかりにくいことだと思います。

例えば

「は−っ、しんどくて何もする気になられへん」

という時、

そのしんどさが身体のしんどさなのか
心のしんどさなのかじっくり見つめます。

身体のしんどさであれば休息することで
元気になるかもしれませんが、

心のしんどさだった時は原因を探り
なぜ自分がそのことでしんどくなったか、
自分の心がどういう反応を示したかなどを
紐解いていく必要があります。

そして自分の心の中にそのつど答えを見つけていきます。

これはあくまで私が行ってきた一例で、
やりかたは人それぞれだろうと思います。

ただこのやり方では何かきっかけがないと
原因探りを始めないので、日々心を見つめるのは
アーサナが効果的だと思います。


私の場合アーサナを丁寧に続けることで
自分の悪い癖のようなものが目につきはじめました。

最初は戸惑い嫌な気持ちにもなりましたが、
今思えばそれこそがアーサナの効果で
自分の心に向き合うチャンスだったのだとわかります。

そしてアーサナを続けていたことで心に動揺がなく、
冷静に受け止め消化することができました。

大事なことは、本当の自分(無私で純粋な意識)を知ることです。

それが当たり前にできるようになると
色んなことに対処がしやすくなると思います。

私もまだまだ本当の自分をわかっていませんが、
紐解いていく作業はこれからも続けていきたいと思っています。

************************

*アーサナを丁寧に続ける(本文より)

アーサナを続けることによって、自分自身の空間を
変えることができるのです。
本来、アーサナの目的は精神を落ちつかすのが目的。
日常生活に振り回されている心は、
アーサナによって整理整頓され、集中力ができてきます。


* 心というものは、一瞬 観念がかぶさり、
その心が判断していくので、 しんどくなるのです。
心はいい方向に道づけていくとその方向に進みます。


心は何かで満たしておかないと不安になるのです。

ですから、

何がしたいのか! どのようになりたいのか! 
状況をつくる! そして、それに向かって進む! 

演じるのです!心を調教していくのです。


* 今を生きる 昨日のことを明日の糧とする。

与えられた仕事や用事は正面から受け入れて、
愚痴を言わず、こなして行く。

男性と女性は感じ方など違う、違うのは当たり前のこと、
だから、自分の考えを表現していく、
説明しないと分からない、だから、思いは素直に伝える。

しかし、言葉を使わなくても、心の奥のうそは
必ず行動や雰囲気に現われ、体全体から出て来るものである。


* 「本当の自分の意味がわからないのです」

普通は心(色眼鏡、観念や今まで培った記憶)によって、
他者を見る。判断する。この様な私を私と言っている。

私たちの意識には四つの意識がある。

覚醒している意識、夢を見ている意識、熟睡している意識があります、


この様な意識を誰が知っているのか、
よく眠れたと感じているのは誰、
これらを見ている意識がある、

それが四つ目の意識 本当の自己なのです。

心の中を整理整頓していくことで、感じていくのです。認識するのです。
そして、何もなくても、無性に嬉しい、楽しい、幸せだと感じられるのです。
それが、本当の自己なのです。




[ 2008/03/06 12:05 ] いるか広場 | トラックバック(-) | CM(0)

自分を受け入れる

20080128.jpg


いるかくらぶで開催されているいるか広場では
ヨーガをベースとした日常のあり方などを紹介していただき、
「心」や「私」のエッセンスに触れながら共に学んでいます。

いるか広場で話し合ったテーマをご紹介します。

いるか広場の詳細はこちら

テーマ(自分を受け入れる)
いるか広場(2008年1月28日11時より)


「自分自身を受け入れることが大切。そうしないと前に進めない。」

と言うことを学びましたが、

私は、その「自分自身を受け入れること。」ができずに、
前に進めない状態にあるようです。

受け入れるとはどういうことか?
どうすれば受け入れられるのか?がわからないのです。

前回、みなさんのお話を聞き、

「できていないのは自分だけではないか」

と急速に自信をなくし、殆ど話が聞こえない・わからない状態に
なってしまったにもかかわらず、「わからない」と言えませんでした。

そこで今回、正直に「わからない」と言ってみようと思いました。
そして、皆さんに意見を伺ってみようと思いました。

私は、大学4年生の時に研究室の先生にゼミの度に
「もう大学を辞めたい」と思うほどに攻撃されました。

卒論のテーマを決めるにあたり、
どんな研究をしたいかを各自発表するのですが、
明確にやりたいことのない私には、何か発言する度に、

「それで?」「それから?」「なんで?」

と答えられなくなるまで問い詰められることが、
また私に対してだけ執拗だったことが、「攻撃」と感じられたのです。

就職すると、仕事を与えられず、
いつのまにか「できないヤツ」のレッテルを貼られ、
干され、それでも6年半居座り続けた末、逃げ出しました。

この数年間で、自分のことを決定的に
「何をやってもダメなヤツだ」と思うようになりました。

できないことが悔しい、
それを指摘されることが悔しい、

しかし、どうすればできるのか、
いったい自分は何をすべきなのか、

全くわかりませんでした。

ケリをつけようと、その場を離れたつもりでしたが、
今思うと問題をそのままにして逃げただけで、
何も解決できていないのかもしれません。

「問題を放置せずにその時に原因を探ること(前回の文章より引用)」
ができていませんでした。

このことは、私にとって苦ですが、
大きな学びのチャンスであると理解し、
克服して行きたい。

自分自身とは、

いつか朽ちる肉体ではなく、常に動揺変化する心でもなく、

それらを単に見ている純粋な意識であることを知り、

「自分はダメなヤツだ」と苦しむ心を調教できるようになりたい。

自分の心を冷静に見ることが、

「自分自身を受け入れる(「本当の自分自身」が「自分の心」を受け入れる)」

ことにつながると思います。


自分に自信が無い、
自信が無いのは愛されている実感が無いから、と思っているが、

「愛とは捧げること、自らを他者の幸せのために与えること」であり、

自らの苦しみを避けるためには他者を苦しめてはならず、
自らの幸いを招くためには他者の喜びに奉仕することです。


自分の好きでないこと・他者も嫌なことを進んですることによって、
今までの「好き嫌い」「良い悪い」の観念がぐらついてくる。

それを実行していくことで、自然に努力無く行うことができるようになり、
「良い悪い」関係なくすべて平等になり、まったく気にならなくなる。

本当に他者のために行っていくことで、無知やエゴをなくしていくことになる。

私は、一つの方法として、次のことを実行して行きます。

・アーサナを行うことで、呼吸が長くなり、心が動き回ることがなくなり、
「苦しむ心を調教して冷静に見る」を実践することができる。
これから、そういう気持ちでアーサナに取り組んで行きたいと思います。

・小さなことでも、自分の好きでないこと、他者の嫌がることを、
進んでやってみるようにする。そうすることで無知やエゴをなくし、
純粋な心で満たされると思います。



[ 2008/01/31 23:59 ] いるか広場 | トラックバック(-) | CM(0)

ストレスの原因は何処からくるのでしょうか

いるかくらぶで開催されているいるか広場では
ヨーガをベースとした日常のあり方などを紹介していただき、
「心」や「私」のエッセンスに触れながら共に学んでいます。

いるか広場で話し合ったテーマをご紹介します。

いるか広場の詳細はこちら


テーマ(ストレスの原因は何処からくるのでしょうか)
いるか広場(2007年12月7日11時より)

何かが起きたとき誰かのせいにしてしまうこと、
誰かが何かをしてくれなかったから、
と思ってしまうことがあるかもしれません。


私は20代の中ごろまでいつも何かに追い立てられるように資格をとったり、
趣味に没頭したりしていました。
しかしどれも長く続かず、飽きては次のことへ・・・を繰り返していました。

ある時、きっかけはそれ程大きいことではなかったと今なら思えるのですが、
仕事のストレスからまるで電池が切れたように外に出ることも
人に会うことも嫌になり、会社も辞め家に引きこもりがちになりました。

その頃のしんどさは、まるで光の見えない海のそこを歩いているような気持ちでした。

そんな苦しいけど何をしていいかもわからない時に、
前に進む手助けをしてくれたのがそのとき通い始めた整体の先生でした。
(その頃の私はむくみが激しく、母にすすめられて整体に行くことにしたのです。)

そこから、私をそこまで追い詰めた本当の原因探しが始まりました。

何せ20年以上考えたこともありませんでしたから、簡単には見つかるはずもありません。

壁にぶち当たっては原因をほじくり、泣きわめいては進んでまた立ち止まりを繰り返し、
ようやくたどりついた答えが母へのコンプレックスでした。

母に誉められたい、注目されたいという思いです。

私を育てた頃の母はとても忙しく、ストレスも膨大で辛い状態にありました。
もちろん虐待を受けたことはありませんが、私にばかり集中している暇はなかったでしょう。

自然と私は母に迷惑をかけないよう顔色を見、聞き分けの良い子になりました。
しかし、誉められたい、注目されたいという思いを知らない間につのらせていたのでしょう。

何かに打ち込んで資格をとれば誉めてもらえるのでは?
活動的にしていれば(母は活動的な人だったので)誇らしく思ってもらえるのでは?
と特別したくもない事までしていたような気がします。

その事に気づいたとき私は自分自身の空っぽさに嘆き、
子どもの頃母がもっと私を見ていてくれればこうならなかったのでは?・・・
と母を責めました。

そんな私にその整体の先生は自分でそれに気づいたことを誉め、
しかし、母を責めるのではなく受け入れることを教えてくれました。

受け入れて、一から空っぽではない自分になるために歩き始めること、
母のせいではなく問題は自分の自信の無さだということを教えてくれました。


この経験から私が大事だと思うことは3つあります。

まずストレスや問題を放置せずその時に原因を探ること・・・
放置しても問題は消えないし、消えたように思えてもまた形を変えて出てくるから。


そして受け入れること・・・
その現実が認めたくないことでも受け入れるしかないのです、
受け入れないと前に進めないから。


最後に答えは自分自身の中にあるということ・・
結局は誰のせいでもなく、自分で考え自分で行動しなくては何も変わらないから。

今私には息子がいて毎日成長していく様子に日々幸せを感じています。

そんな今の私があるのは、整体の先生の助けを借りて

問題を探り・受け入れ・母のせいではなく
自分の中に答えを見つけたからだと思っています。


そして、これから息子が自分の力で自分らしさを見つけていけるよう、
見守っていければ・・・と思っています。

[ 2007/12/18 09:00 ] いるか広場 | トラックバック(-) | CM(0)

無償の愛

いるかくらぶで開催されているいるか広場では
ヨーガをベースとした日常のあり方などを紹介していただき、
「心」や「私」のエッセンスに触れながら共に学んでいます。

いるか広場で話し合ったテーマをご紹介します。

いるか広場の詳細はこちら


テーマ(無償の愛)
いるか広場(2007年8月27日11時より)

愛という言葉を聞くと、貴女は何を感じますか。

恋人のこと・・・両親のこと・・・我が子のこと・・・兄弟姉妹・・・ペット・・・趣味・・・・
色んな愛がありますね。

また我が子に対してはどうでしょう・・・

昔から我が子に対して、母は無償の愛を注ぐと言われていますが、

言葉としては理解出来る無償の愛 報酬・見返りのない愛
とは一体どのようなものなのでしょう。


赤子の誕生は、暑い日も寒い日も10ヶ月を母の胎内で
両親の愛・プラーナを受けて過ごし、オギャーと産声をあげて
この世に姿を現しますが、赤子は授かりものだとも言われていますね。

一体誰から授かっているのでしょう・・・

赤子は天・神・・・からの一時 預かり。
赤子も一人の人間であり、彼・彼女もまた彼・彼女の道を歩んで行くのでしょう・・・・
ちょうど私たちが歩いてきているように。


つまり母は赤子の成長の手助けをさせてもらっているというのが、真実のようです。

愛する子どもがちょっとくしゃみをすれば、風邪をひいたのでは・・・、
すこし機嫌が悪いと病気ではないかと、心配でおろおろしてしまう。
母は寝る時間もない程我が子に付きっきりです。

確かに傍には居ますが、我が子が何を訴え、何を伝えようとしているのか・・・
母である私私はじっくりと我が子の目を見て、訴えを聞こうとしているだろうか?

訴え方を知らない赤子は、全身全霊で私に語りかけています。

赤子は泣くのが精一杯の意思表示であり、
当面は赤子に課せられた生きるための仕事なのです。

けれどオギャーによって私の心は右往左往し、
その不安定な心が次の瞬間の行為を決めていく。

オギャーオギャーと泣き叫んでいる赤子を「大丈夫・大丈夫だよ」と
母は全身で受け止め抱きしめているだろうか。
母と子が同じ目線、思いでいるだろうか。

お互いが分かり合えれば、赤子は泣き止み、安心の中でぐっすりと眠ることでしょう。
単純な行為ですが赤子にとっては、とってもとっても重要な行為の一つなのです。


時間がないから、とか今は忙しいからとか言わずに、
今しか出来ない愛情の伝え方を赤子同様に母も共に学び、愛を育てていきましょう。

共に相手の身になって、何をすれば喜んでもらえるのだろうか・・・・
何に安心を得るのだろうか・・・

愛について考え、行為し、また考える。
そして何もしないでも、何も語らなくても、傍にいるだけで共に嬉しい。
母と子はそれぞれの笑顔が嬉しくて、安心を覚えるのでしょう。

母は赤子の成長の手助けをさせてもらい、そして母もまた心の成長を
させてもらっているというのが、真実のようです。


私たちも両親からたくさんの愛をもらい、成長してきました。

彼らもまた今の私たちのように、思い悩みながらも温かく私たちを
見守って下さっていたことでしょう。

そして今もなお見える形・見えない形で愛を注いでいて下さいます。

母親・父親という役割はそれぞれにあると思いますが、
親の前に一人の人間として、雨の日も風の日もさま変わりする天候の中で、
変わらぬ私でいられたら、私も私の回りもきっと笑顔で楽しい日々のことでしょう。

計らいのない愛、傷つけない・傷つかない真の愛を、真の愛のあり方を共に学び、
私が私の心を見つめ、笑顔の私でいられますように。


笑顔はたった今から、誰にでも出来る最高の行為です。
我が子の笑顔が私を癒してくれるように!


[ 2007/12/18 08:20 ] いるか広場 | トラックバック(-) | CM(0)
プロフィール

Author:田原 悦子
セラピールームいるかくらぶ 代表
NPO法人日本女性生涯支援協会 理事長

ヨーガやベビーヒーリングタッチを中心とした教室「いるかくらぶ」での指導のほか、近畿地域の産婦人科、保育園、子育て支援センターなどにおいてお母さんと赤ちゃんを支援し母子の絆つくりに励んでいます。



最近のコメント
最近のトラックバック
ブログ内検索
By FC2ブログ

今すぐブログを作ろう!

Powered By FC2ブログ